2009.12.19

事業仕分けで「廃止」?! 青少年施設を守ろう!!

11月に行われた政府の行政刷新会議の「事業仕分け」。

「国立オリンピック記念青少年総合センター」および全国27箇所にある「青少年自然の家」「青少年交流の家」を運営している独立行政法人・国立青少年教育振興機構について、「自治体・民間へ移管し、国の事業としては廃止すべき」という結論をまとめました。

これらの施設は年間利用者の全体で480万人にのぼっています。
うちオリンピックセンターは190万人。

青少年自然の家、交流の家の宿泊費は、シーツ代のみで200~数百円、3食の食事代をふくめても1泊2000~3000円となっています。

オリンピックセンターの宿泊費は1泊1500円、3食の食事代をふくめても3500円ほどで宿泊できます。

サークル活動の場であり、スポーツを楽しむ、自然にふれる、友情をはぐくむなどなど、利用者、青年にとって大切な施設です。

こうした施設は民主党などの「仕分け人」によると「民業圧迫」「地方やNPOに移管するのがのぞましい」とのことです。

利用者や青年の声を全く聞かないで、一方的に結論を出すやり方はおかしいのではないでしょうか。私たちは、これら青少年施設を国の責任で維持・拡充することを求めています。

ビラもぜひ、見てください↓
「olympic.pdf」をダウンロード

みなさんの声もぜひきかせてください。
「hitokoto.pdf」をダウンロード

コメント欄にも思いを書き込んでいただいてもOKです!

ちなみに28の施設は以下のとおりです。みなさんも使ったことがある施設がありませんか??
http://www.niye.go.jp/kyoten/index.html

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2009.12.08

マルクスのヒゲが長いのは・・・全国大会での発言特集⑥

先生が私たちと同じ目線で考えてくれる学習は楽しい
徳島 真田眞さん

「分からないことがあれば途中でもきいてね」

 徳島で取り組んでいる古典学習についてお話します。古典学習をしたいという地域班の同盟員の要求にこたえ、労働者学習協会のつながりで徳島大学名誉教授の先生を迎え、『賃労働と資本』をテキストに学習会を行うことになりました。同盟員に呼びかけると6人が集まりました。

 学習会の最初に先生から、「分からないところがあれば読んでる途中でも聞いてね。僕は馬鹿だから教えることなんてできないんだけど、いっしょに考えましょうね」と優しく声をかけていただきました。まず『賃労働と資本』の序論から読み進めました。途中まで読んだところで、「どんな小さな質問でもいいよ」と言ってくれたので、参加者から、「最初に『新ライン新聞』は何部くらい発行されていたの?」という質問が出されました。

   「そんな質問でいいの?」と、参加者みんなが戸惑っているなかでも、すぐに先生は答えてくれました。「『ライン新聞』は当時3000部程度発行されていたそうだよ」「へ~」「地域の赤旗よりも少ないね。識字率を考えると、手にとって読めた人はほんの一部じゃないか。ということは、お金持ちしか読めなかったんじゃないかな。口頭で内容を広げていたんじゃないかな」「ライン新聞は字ばっかりでつまらないね。赤旗の日曜版はすごい。カラーなうえ、写真もたくさん載っている」と、すごいもりあがる議論が行われました。続いて出た質問は、「マルクスのひげはどれくらいの期間で伸びるの?」。それについても先生は優しく「マルクスは毛深かったんじゃないですかね」という結論に達しました。

 さらに先生からも「あんたたちは今の給料で満足しているのかい?」と質問されました。参加者からも「全然足りません。1カ月働いても10万円もいかない」と声が上げられ、「よくそんな給料で働いて我慢できるね。私だったら満足してないよ。そもそも賃金ていうのはね~」という話が展開され、資本家側からの視点と労働力の再生産の視点という2つの角度からの賃金の支払いについての話になり、「一人暮らしの生計費はだいたい23万円かかる、今の賃金では安すぎるんだよ」と聞きました。このような学習会を月一のペースで、来月4回目を行う予定になっています。

学習会では先生の3スピタイムも用意

 この学習会は先生からも青年と一緒に学習したいという申し出もあり,実現しました。学習会では、先生自身の3スピタイムも用意されています。参加者の感想は、「私は学習が嫌い。取り組む気にもなれなかった。でも今回の古典学習では、答えを出すためだけの学習ではなくて、先生が私たちといっしょの目線で悩んで考えてくれる。目からウロコだった」という感想が出ました。

 学習会にとりくむ中で、決議案3章の「学んでこそ出てくる〝分からなかったこと〟を大切に、理解や意見の違いを認め合い、みんなで考えていくことで、分かる楽しさ、学びのおもしろさを発見し、一人ひとりの成長を支え合いましょう」を確信とすることができました。これからも、学ぶことを大切に、講師もいっしょにみんなで考えていくことで、成長していく活動をめざします。

 最後に、私自身の変化と決意をお話しします。2年前、33大会期がはじまったときの代表者会議では、私は民青同盟に対して、「あまり暖かさが感じられず、居場所もそんなに感じることができなかった」と発言しました。当時は仕事も忙しくてなかなか民青に目を向けることができずに、地域の班会に参加しても、自分が3スピで話しているなかでも別のところで話がはじまってしまう雰囲気で、班員に対しても表面的にしかつきあってこれませんでした。班会自体も、家から車で30分くらいの少し離れた地域でした。

 新歓期のころに、自分の住む地域にも同盟員が増えて班会ができるようになりました。その班会は、一人ひとりを大切に3スピを重視して、自分の話はもちろん相手の話もしっかり聞くことを重視して、班が僕にとっての居場所になりました。この活動を2年間続けて、僕は人と関わることが好きになりました。もっとさまざまな人と関わり合い、互いに成長して、お互いに笑顔で会えるような人間関係をつくっていきたいなと思うようにもなりました。そんな中、僕は仕事をやめて民青同盟の専従を引き受けることを決意しました。今後徳島の民青では、一人ひとりを大切にして、班会ではみんなが居場所をつくっていけるような活動をめざしていきたいと思います。

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2009.12.05

全国大会での発言特集⑤

一人ひとりを大事に
〝あけっぱなし〟のひらかれた居場所に

宮崎・馬場真由美さん

班員の友だちが、班会に友だちをつれてきた

 決議案4章(1)から(2)のちょっと手前くらいで(笑い)、確信にしていることを発言します。

 前大会直前に再建されたえびの市地域のチームひのひかり班は、この2年間、班員から出された声に一つひとつこたえるなかで「班が主人公」の活動をすすめ、12人の仲間を迎え、バージョンアップしてきました。08年にはハローワーク宣伝、バーベキュー、秋合宿、09年には原水爆禁止世界大会へのバスツアー、それに向けた財政活動、折り鶴宣伝などにとりくんできました。

 その後、総選挙とえびの市議選がありました。このあたりから、班が自然増殖をはじめました(笑い)。班独自の選挙チラシをつくって配ったり、宣伝をしたり、「つどい」をひらくなかで、仲間をつぎつぎに迎えました。Aちゃんが加盟したことをきっかけに、つくってきた「居場所」が青年にひらかれはじめました。

 ある日突然、班員がAちゃんを連れてきました。班会で「民青紹介DVD」を見て交流すると、「民青はいろんな意見が出るけど、みんな相手の意見を受け入れてから自分の意見を話してくれる。それに、ここは空気を読まなくていい」と加盟しました。その後Aちゃんが、班会が楽しかったことをブログで紹介すると、それを見た友だちが「私も行ってみたい」とはなし、Aちゃんは、5日後の「つどい」に友だちを連れてきました。「つどい」で学習とAちゃんの友だちの誕生会をみんなで楽しんだ後、「一緒にやらん?」と呼びかけると「政治のこととか興味ないけど、なんか面白そう」と加盟してくれました。

 その後、また私が班会に行くと、また見たことない人が来ていて(笑い)、「誰だろう? でも、ま、いいか」と、その人もまじえて「3スピ」で自己紹介や仕事のことなどを交流し、「あなたの願い聞かせてアンケート」でも交流しました。すると、まだ加盟していないのに「民青同盟に入ってよかったこと」に記入しはじめ(笑い)、交流していきました。そこには
「なんでも話せるのがいい」と書かれ、すんなりと加盟しくれました。(拍手)

 どの班員も、自分のまわりの青年に「なんでも話せる場所があるよ」と、気軽に民青のことを話しています。こうした「ひらかれた居場所」をつくることができたのは、「青年が民青に加盟することにどんな意味があるのか」を、くりかえし議論してきたからです。新しい仲間が班会に来るたびに「民青に入って、同情じゃなく共感してくれる仲間ができて心づよい」「自分たちがそうだったように、自己責任論で苦しむ青年を一人にしたくない」と、民青の魅力や仲間を迎えたい思いを交流してきました。それが自分たちと青年の間にある心のカベや垣根をとっぱらい、〝あけっぱなし〟のひらかれた居場所をつくることができたのだと思います。

支え合い励まし合える地区委員会が必要

 班員がふえるにつれて、一人ひとりの話がはずみすぎて、全員の話をじっくり聞けないようになりました。そこで班長と「一人ひとりを大事にするためには、班を分ける必要があるのでは」と議論し、最近では「地区委員会を建設しよう」という話になっています。チームひのひかりでは一貫して「居場所」を大事にしてきました。その努力の延長に、地区再建・地区建設があると思います。

 決議案では4章(2)②で「県・地区委員、班長、班委員も生きづらさを抱えた青年の一人です」とあります。班長自身も「派遣」で働き、職場は「派遣切り」の影響を受け、人が足りない状態でピリピリしています。

 そういう生きづらさを抱える班長のことも、班員と同様に大切にしたいし、すべての班員を本当に大事にしようと思ったら、班を分けることは避けて通れません。新しくうまれた班のリーダーたちを孤立させないためにも、リーダー同士が集まりいろんな悩みを交流し、お互いを支え合い励まし合う場が必要だと感じています。だからこそ地区が必要と議論し、来月には地域協議会を立ち上げ、来年の早い段階に地区を建設する予定です。

 前大会直前までは組織がまったくない地域が、2年間でこんなに成長しました。やってきたことといえば、班から出された要求、声にとことんこたえ、班会を大事にし、一人ひとりを大切にしてきたことです。班会でみんなに支えられた仲間が、今度は支える側に成長し、リーダーの輪がつぎつぎにひろがっています。これは他の班にもひろがっています。

 決議案のタイトル「居場所の力を発揮し、未来をひらく大きな民青同盟を」は、まさにこの2年間の宮崎県同盟の実践をあらわしていると思います。この決議案にこだわって、「ひらかれた居場所」をどんどん増殖させ、どこにいっても民青と出会うことができるような状況を宮崎県内につくっていきたい。そして、生きづらさを抱えている青年と夢と希望と展望を語り合いながら、ともに未来をきりひらいていく決意です。(拍手)

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2009.12.02

全国大会での発言特集④

「民青新聞」の大会特集号に掲載された発言(要旨)です。

生きづらさ語りあい「ひらかれた居場所」で仲間迎えた
埼玉 小久保剛志さん(県委員長)

 西部東地区のタイムズ班は、11月の班会で班員Sくんの友人のAくんを仲間に迎えました。Aくんは班会に来るのは4回目で、加盟用紙に記入して持ってきてくれたそうです。「なんで入ろうと思ったの?」と聞くと、「整備士の仕事をしていて、営業の人と折り合いが悪く職場はギスギス。気軽に話せる同僚もいない。でも民青の班会は優しくて居心地がいい。来るたびに安らげるところだなと感じていた。何度か参加して、馴染むようなら入ろうと思ってた」と話してくれました。全国大会への報告にもあるように、私たちの〝いつもの活動〟を周りの青年も求めていることを実感しました。

Photo_4  7月以降4人の仲間を迎えたタイムズ班ですが、7月までは班会を開いても一人しか集まらないこともあるなど困難な状況がありました。変わるきっかけとなったのが、Tくんの加盟をきっかけに再開した8月の班会で、〝生きづらさ〟を率直に交流したことでした。

 「3スピ」では求職中のMさんが、「以前働いていたときは、〝効率的に仕事をできない人間はダメだ〟という考えにつよく縛られて、定時に仕事が終わらないのは自分の能力がないからだと自らを責めていた。でも仕事を離れていろんな人と話すなかで、効率的に仕事ができる人ばかりではないし、それでも社会は回っていると思い始めた。働いていたときは、自分の中に人間性が失われていたと思う」と、「自己責任論」にとらわれていた実態を話してくれました。

 それを聞いたTくんも、「バイトをしていたとき、車での移動中は時給がつかなかった。上司に疑問をぶつけても相手にされず、仕方ないと考えざるを得なかった。新しい仕事に就きたいけど、またひどい目にあうのではと不安」と生きづらさを話し、みんなで「そうだよね」と共感しあいました。

 「自己責任論」に苦しんでいた思いを交流できたことで、「なんでも話していいんだ」という雰囲気が生まれ、3スピや学習タイムで本音や生きづらさを話せることがすごく楽しく、まさに〝居場所〟になっていきました。(拍手)

「マルクスのヒゲはどのくらい…?」みんなで考える学びの〝解体新書〟
徳島 眞田明さん(県常任委員)

 「古典学習をしたい」という地域班の同盟員の声から、徳島大学の十枝修名誉教授を講師に迎え、『賃労働と資本』(マルクス)をテキストに学習会を行っています。

 十枝先生は、「分からないところがあれば読んでる途中でも聞いてね」と優しく声をかけてくれました。「序論」の途中で出た質問は、「新ライン新聞は何部くらい発行されていたの?」。みんなが「そんな質問でいいの?」と戸惑うなかで、先生はすぐに「3千部程度発行されていたそうだよ」と答えてくれました。「識字率を考えると、手にとって読めた人はほんの一部。お金持ちしか読めなかったんじゃないかな」「口頭で内容を広げていたんじゃないかな」「ライン新聞は字ばっかりでつまらないね。赤旗はすごい」などと盛り上がりました。「マルクスのヒゲはどれくらいの期間で伸びたの?」という質問にも、先生は優しく「マルクスは毛深かったんじゃないですかね」と答えてくれました。(笑い)

 先生からも、「今の給料で満足?」と質問が。「全然足りない。1カ月働いても10万円もいかない」と答えると、「そもそも賃金っていうのはねぇ」と話が展開して、資本家側の視点と「労働力の再生産」の視点の二つの角度から、「一人暮らしの生計費は約23万円。今の賃金は安すぎる」と話してくれました。こんな学習会を月1回行い、来月で4回目です。

 参加者からは、「中学校から受験のための勉強をさせられていたから学習する気にもなれなかったけど、今回の学習は答えを出すための学習ではなく、先生が私たちと一緒に悩んで考えてくれる。目から鱗だった」という感想が出ました。決議案3章の「学んでこそ出てくる分からなかったことを大切に、理解や意見の違いを認めあい、みんなで考えていくことで、分かる楽しさ、学びのおもしろさを発見し、一人ひとりの成長を支えあいましょう」が確信になりました。学ぶことを大切に、みんなで考えていくことで成長していく活動を目指します。(拍手)

高校生活や進路の〝息苦しさ〟に班をひろげてこたえたい
鹿児島 小柴健介さん(県副委員長)

 今年の3月から援助に入っている高校生班の活動について発言します。私自身、加盟したばかりで、「民青とはなんぞや?」というところから高校生と一緒に試行錯誤してきました。

 1年間、仲間が増えずに一人で活動してきた高校生は、友だちを民青に誘い、仲間になってもらって全国高校生集会に参加しました。大阪の高校生が橋下知事に「公立高校の枠が少なくて入れない」と申し入れて活動していることに、「今まで一人でがんばっても何も変わらないと思ってたけど、高校生でもこんなことができるのか」と感動し、「鹿児島でも仲間を増やしたい」と、共産党から紹介された高校生などに声をかけ、11人の高校生班になって(「すごい」の声)、原水爆禁止世界大会やボウリング大会、憲法を語るつどいに参加しました。

 班で大会決議案を討議したとき、私は驚きました。「音楽の道に進みたいけど、3人きょうだいの長女で下の二人を考えると進路を変更せざるを得ない」「国立大学の学費が高すぎていく気がなくなった。自分は看護師を目指して専門学校を受験するけど、お金で進路をあきらめる高校生は多いと思う」「学校で陰口を言う人がいて、僕もその標的にされてイヤな気持ちで学校に行っている」「友だちとの関係で学校が楽しくない。普段から生きづらさを感じるのが当たり前。自分を何と比べたらいいのか、何が普通なのか分からない」と、高校生活や進路についての息苦しさについて、本音が出されました。

 各県の発言を聞き、あきらめていた現実、考えないようにしていたしんどさを語りあえるのが「居場所」だと感じました。しかし、高校生が自分の苦しみを語れる班会も、鹿児島の高校生は各地に散らばっていて、定期的に開けないのが現状です。定期的に班会を開くために、高校生と一緒に、県内の各地域に高校生班をつくりたいです。(拍手)

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全国大会での発言特集③

「われら高校生」の大会特集号に掲載された高校生の発言です(要旨となっています)

班が自分の居場所になった
群馬県 毎エブ班 natane

 私は、家以外に自分が自分でいられる場があまりなかったんです。小学校のとき、道徳の時間に「戦争について」の授業がありました。「戦争はイヤなことだよね」って休み時間に話したら、「いまどき戦争なんて、何いってるの? バカなんじゃないの?」と返され、ショックを受けました。話のあわない人間として、私は完全に仲間はずれになってしまいました。中学校は規模がでかくなったいじめがあって、トイレに入れば、ペーパーやぞうきんが上から落ちてきたり、廊下を歩いていたら、上級生からも下級生からも白い目で見られてさけられることが続きました。もう、「いいかげん慣れた」「いつもこうだからいいや」というあきらめに似た感じでくらしていました。つらくて、悲しくて、でもそれがあたり前で、あたり前なら仕方がなくて…ずっとぐるぐる考えて、そんなふうにかかえこんでいたと思います。

 私は中3のとき、民青群馬県委員会でやったBBQ大会に参加しました。すごく楽しくて、高校に合格した次の日に私は民青に加盟してみることにしました。その後、毎年行われるBBQ大会に今度は高校の友人に参加してもらい、その場で加盟してもらいました。(拍手)友だちが入ってくれて自分の居場所が戻ってきた気がしました。

 班会のなかで、自分のいじめられていた話をしました。Mさんは「nataneが悪いワケじゃないんだよ」っていってくれたし、Nさんが「おかしいのは学校の方だから、nataneが気に病むことじゃないよ」っていってくれました。少しずつ「自分は悪くないんだな」と思えてきたんです。
 いまでも正直、根強く残っていて、「私が最低なんだな」という意識が、ときたまふと顔を出すときがあるんです。班会をやっていても何をするときにも、でてきてしまって、多分一生消えない意識は、いまもしかしたら他の青年がかかえているかもしれない。私は、その青年たちを救えたらいいなと思って、この民青の活動をがんばっていきたいと思います。(大きな拍手)

自分のことのように話を聞いてくれる
大阪 メイト班 大将

 メイト班ではイチゴ狩りや餅パーティ、テニスなどをしてきました。班会では3スピを聞くのがいまは楽しみです。個性的なキャラがいるうちの班は、いくら聞いても同じ話がまったくでてこないので全然あきません。

Photo_7  僕は何より野球が好きだったので高校で野球部に所属していました。しかし、そこで私は先輩にあいさつをしていないと思われたり、髪の毛のことで、目をつけられて嫌がらせを受けました。ミーティング中に僕にだけ、「腕をもめ」といってきたり、ひどいときには「河川敷に生えている草を食え」とかいわれて、それがつらくなって、僕は野球部を辞めました。もともと、野球がしたくて学校に行っていたので、学校に行けなくなった時期もありました。

 その後に、学童の指導員や親にすすめられ、平和のことに興味があったので、民青に入ることにしました。最初は「知らない奴らばっかでだるいなぁ」とあんまり班会にも参加していませんでした。しかし、ことしの春に開かれた全国高校生集会に参加して、その気持ちはかわりました。高校生の食べ物企画がおもしろそうだなと思ったのと、引きこもりになったり、友だちとの関係がうまくいかないなどの悩みをかかえて、日々を過ごしていること、そういう人たちも班会は楽しいといっていたことで、自分の班にもそういう人がいるんじゃないのかなぁと思いました。また、仲間をふやしてもっと食べ物企画やスポーツなど楽しい班会をしたいと思って、そこからは班会にも参加するようになり、先ほど紹介した班活動をしました。今週も中学3年生と民青紹介ビデオを見て、交流すると、「いまは受験勉強がしたい。だけど勉強は嫌いで、しんどいから早く受験は終わりたい」と受験勉強のしんどさを話してくれ「ソフトテニスがしたい」と加盟してくれました。(拍手)

 民青の魅力は、人の話を自分のことのように考えてくれる仲間がいることです。だからこそ、しんどい思いも話せるし、ありのままの自分も出せる、いまの自分があるんじゃないかなと思っています。そういう民青の輪をひろげるためにこれからもがんばっていきたいと思います。(拍手)

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