全国大会での発言紹介①・・・「ボクの心の氷を溶かしてくれた」
「僕の心の氷をとかしてくれた民青に出会えてよかった」
兵庫 坂口栄治さん
3カ月路上生活をして…
僕が最初に民青に出会ったのは今年の3月20日におこなわれた「神戸一日派遣村」でした。
僕はその頃、路上生活をしていました。5年前、仕事のことで親とケンカをして、実家の岡山を飛びだして大阪に来ました。人材派遣の始まりともいわれる飯場で働いて、とび職の補助のような仕事をしながら寮に入って生活していました。寮は6、7人が一部屋に住みこみ、人間関係がうまくいかなかったこともあり、東京、埼玉、千葉、いてきました。去年の飯場を出て、岐阜まで列車で移動しました。岐阜でお金が底をついてしまい、そこでも仕事が見つからなかったのでかったので「関西に戻ろう」と思って、国道1号線を3カ月かけて歩き、今年3月に神戸に来ました。その3カ月の間は、公園や商店街のアーケードの下で寝て、おなかがすいたら飲食店から出たゴミをあさって食べていました。ゴミが見つからない時には、公園で水を飲んで空腹をしのいでいました。その時は、「人間、こういうものを食べても生きていけるんだ」とか、「こんな生活でもいいかな」と思っていました。今となれば、「あんな生活には絶対に戻りたくない」と思うのに、なぜ、そのときはそれでいいと思っていたのか、不思議に思います。
ごく普通の生活に戻りたい
夜に三ノ宮駅あたりを歩いていると民青の人たちが宣伝をしていて、のチラシをうけとりま「派遣村」した。おなかがすいていたので「炊きだしを食べに行こう」と思い、「派遣村」に行き、民青の人たちがやっていたモチつきの炊きだしに並んでいました。そこで、日本共産党の人に声をかけられ、自分が路上生活をしていることを話すと、その人から「生活相談もやっているよ」といわれました。でも、僕は炊きだしを食べて帰るつもりだったし、「相談してもどうせ、どうにもならない」とか、「この人たちに話しても大丈夫なのか、信頼できる人たちなのか」という思いもあって、はじめは断っていました。だけど、いろんな話をしているうちにぼくのなかの警戒心もなくなってきて、「この人たちに相談したら、もしかしたら普通の生活ができるようになるかも知れない」と思うようになりました。そして、ごく普通の「路上生活でなく、生活に戻りたい」と思い、生活相談をして共産党の市議さんや「生活と健康を守る会」の方の力を借りて、住居を確保して生活保護を受けられるようになりました。住民票も移して、8月の総選挙では6年ぶりに投票に行くこともできました。久しぶりの投票は、好きな人に告白するのようにドキドキしました(笑い)。
今は携帯電話も買って、仕事探しをしています。
民青はすごく大切な居場所
派遣村の後、4月に共産党の方に、「民青同盟という青年の団体があるよ」と説明をしていただき、「僕と同世代の人たちと話したら楽しそうだな」と思い加盟しました。(拍手)
僕がいる班は個性派ぞろいで、びっくりすることもあります。「機動戦士ガンダム」の話を熱く語りだす人とか、歴史にすごく詳しい人がいて、すごくおもしろいです。
一番うれしかったのが、僕が「映画を見たい」というと、班会で映画上映会をしてくれたことでした。路上生活をしていたのでしばらく映画を見ていなかったし、大好きな女優が出ている映画をどうしても見たかったんです。班会でみんなにそれをいうと、実現してくれて、「本当にやってくれるんだ、いってみるもんだな」と感動しました。僕はもともと人と話すのが苦手なので、はじめの頃は「3分間スピーチ」も「3分間も話せない」と思って緊張しましたが、そんな班会のなかでだんだん話すのが楽しくなってきて、今では3分ではおさまらず5分でもでも話せるようになりました。そんな自分に成長したな、と感じます。
僕にとって、共産党が親で、民青が兄弟のような感じで、すごく大切な居場所です。僕の心の氷をとかしてくれた民青と共産党に出会えてよかったと思っています。
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